イブまで指折り数えては
 



この秋は例年以上に長いこと暖かで。
そういえば紅葉が始まるのって何時頃からだったかな?なんて
街路樹がいつまでも色づかないものだから、そんな会話まで飛び出しちゃったほど。
それもあってのこと
朝晩が冷え込み出したのがいやに唐突なことのように感じられ。

 『まあ師走に入ったのだし、寒くなって当然じゃああるのだけれど。』

敦くんもそろそろしっかりした外套を羽織り給えよ?と、
そういう自分だって合い物に近かろういつもの砂色の長外套の裳裾を ひらりとたなびかせ、
仄かに潮の香のする木枯らしが吹き始めた街路を 鼻歌交じりに颯爽と歩んで行った太宰を見送る。
近年微妙な勢いで盛んになったハロウィンを始めとする
晩秋のイベントあれやこれやが落ち着いたかと思ったら、
今度は師走のあわただしさを匂わせてか、街はせわしい空気を孕んでいて。
陽が暮れるのが早まるものの、
それを幻想的な光で彩るライトアップやイルミネーションが始まり。
クリスマス目指しての商戦と、
寒さを口実に寄り添い合う男女の恋のさや当てと、
どっちを煽りたいのやら
人々へ街に繰り出す目当てを提供するキラキラした冬が馴染みつつあるヨコハマで。

 “楽しそうだよな。”

まだまだ夕刻と呼ぶには早い時刻だのに、
仄かに黄昏の余光が滲む空はすっかりと暮れなずんでの茄子紺に染まっており。
昼間はともかくさすがに陽が落ちてからは気温も下がって、それなりの装備もいる頃合い。
とはいえ、舗道を急ぐ雑踏は帰途を辿る人ばかりじゃあなくて。
外套やストールで暖かく装った人々の行き交う中、
ツリーを象ったタワー状のモニュメント、
グラスボールを模したオーナメントみたいな電飾を幾つも提げたイルミネーションを指差すようにして、
それは楽しげな笑顔で睦まじそうに寄り添い合う恋人たちを見かけては、
仲が良くて良かったねぇなんて、勝手ながら友達みたいな感覚になってしまう虎の子くんだったりし。
というのも、

 “もうちょっと寒くなったら新しい外套を降ろせるなぁ。”

ほんの先日のこと、中也さんと百貨店へ買い物に行った。
本当は中也さん御用達のお店が良かったらしいけど、畏れ多くて着られないと尻込みしたので、
そこのでもかなり本格的な品ぞろえの百貨店で、今季の外套を見繕ってもらった。
ダッフルもいいが、ファーがいっぱい付いてるのも可愛いなぁ、
あんまり丈があるのは動きづらいだろうから…と、要領よくポイント抑えて選んでくれるのへ、
いやあの、昨年買ってもらったのが健在ですがとおずおずと言えば、
何枚かあっても困らないだろ?とあっさり返されて。

 『それでなくったって 敦は荒事がらみの話に駆り出されることが多いのだろし。』

仕事で引っちゃぶいても しょげなくていいようになと、満面の笑み付きで言われた。
ちなみに、芥川くんも太宰さんから頂いた外套をあんまり大事にするものだから、
傷むごとに手入れを怠らないいじらしさはそれとして、
そんなことが土壇場で足を引いては何にもならぬと。
仕事のハンデとなるようなら いっそ引き取ると半ば脅されて、新しいのを作ってもらったらしい
…と、微妙に照れ照れしまくりな本人から聞き出した敦くんだったりする。

 「…わあ。」

今日は特にかかりきりの案件もなく、
意気揚々と街に消えた太宰へと国木田が罵声を吹っ掛けることもなかった安穏とした退社であり。
そんな平穏も今のうちかもと、鏡花ちゃんは女性陣に連れられて
聖誕祭向けのいろいろの下見にと早めのクリスマスショッピングへお出掛けだとか。
そんなわけで独りで過ごす宵となり、待つ人もない故とのんびりと独り歩きしておれば、
老舗のそれだろう街路沿いの洋装店のショーウィンドウが目に入る。
白基調の樅ノ木やグラスボールなどがキラキラしている他のウィンドウと違い、
セピア色のシックな色彩の空間にゆったりと配置されてあったのは、
女性向けのパーティーコーデや、温かそうな外套が中心のディスプレイだったが、
それをエスコートする男性のマネキンも立っており。
長身な男性モデルの顔はなかったものの
ソフト帽にマフラーと外套姿という小粋でダンディな装いへ、
先に貼りついていた女子大生だろうグループが、カッコイイねとはしゃいでおり。
他のも観てこうと離れたあとへ自分もついつい近寄ってしまったものの、
恐らくはメインだろう婦人服ではなくの、やはり男性のマネキンへと目がいって。

 「……。」

ソフト帽の下はおそらく撫でつけられた髪なのか、耳回りや襟足がすっかり晒されており。
傍らに並んだ女性マネキンより上背があってなかなか頼もしくダンディではあるが、

 「おじさんだよなぁ…。」

ダンディというとどうしても、ロマンスグレイのとかそういう年齢層を想起してしまうのは、
仕事場に若い層ばかりいるせいか。
社長が何とかそういう年代だが、ダンディというよりいぶし銀という感じだし、
後は、馴染みのお店“うずまき”のマスターとか、

 “ポートマフィアの、なんてったっけ。”

 「なんだ、広津のおっさんみてぇだな。」

すぐの真横から声がして、ギョッとし、肩を跳ね上げる。
それがあんまり予想内だったのか、わざとらしく“んん?”と目を見張り小首を傾げた人こそは、

 「ちゅ、中也さん。」
 「おうよ。帰りか?」

特に約束なんてしてなくて、だからとぼんやりと散歩がてらのような足取りでいたようなもの。
なのに何でまた こんな風に唐突に現れた彼なのかと、心底ビックリしたものの、
グレンチェックのマフラーに顎先を埋め、
いつもの黒服黒外套ではない、カジュアルで小粋なジャケットスーツに外套という姿なのへ
ふわわ…vvとついつい見惚れてしまう。
ショーウィンドウの中の存在たちなんかよりずっとずっとカッコいいし、
悪戯っぽく笑う端正なお顔がじっと自分を見やってくれるのが、そりゃあもうもう嬉しくってたまらない。
嬉しいという笑顔が妙にふやけて にやけかかるのを抑え込み、

 「今日ってお休みだったんですか?」

肩掛け鞄をちょいとゆすり上げ、肩掛けのベルトをついついぎゅうと掴み締めれば、
照れ隠しの手遊びとあっさり見抜かれて。
ますますと笑みを濃くしつつ、そんな敦の手許に自分の手套にくるまれた手を重ね、

 「なに。早めに上がったんで、可愛い敦を浚いに来た。」
 「な……。////////」

世知辛い年の瀬、何やかやと騒ぎがあれば駆り出されるのはお互い様で、
聖誕祭や年末年始に、きっととは言いすぎだが 恐らく一緒に居られはしなかろうから。
そんな風に予測するのもまたお互い様なのだと気づいた敦、
フフッとなんだか笑みがこぼれる。

 「どした?」
 「いえ。もしかしてボク、寂しいと思わないように予行演習をしていたみたいで。」

とっとと帰ればいいものを、わざわざ人通りの多い大通りを歩いてみたり、
カップルが寄り添い合って眺めていた クリスマスの賑わいを覗き込んでみたり。

 「でも、やっぱり中也さんと一緒の方が嬉しいなぁと。」

そんな強がりしたところで、寂しいという空虚さは埋まるもんじゃあない。
当の本人が現れた途端、
それまでは寂しかったというのがじわんと染み出すように溢れてしまい、
ついのこと、うつむいてしまいそうになる。
そんな敦を黙って見やっていた中也はと言えば、

 「馬鹿だな、敦は。」

手前が寂しいと思うのと同じくれぇ、俺だって詰まんねぇんだし、
そんな泣きそうな顔してんだなんて……

 「………いかん。」
 「? どうしました?」

柔らかく慰めるように以上の文言をささげるつもりが、ついつい口許がにやけそうになった。
逢えないと寂しいのだと素直に言われて、
嬉しいと思う自分の馬鹿正直さを抓ってでも打ち消したいが、

 「ちゅうやさん?」

キョトンと見やって来る敦のいとけない様子がますますと愛おしく。
ああこんな想われてんのかという実感に口許が落ち着かない。

 「まあ何だ。俺ほどの果報者はねぇってことだな。」
 「果報者…?」

構ってくれと拗ねたり振り回したり、ホントに好きなら〇〇してと試されたり。
戯れにちょっと付き合ってみた夜の女なんかに多かった鞘当てもどき、
そういえばこの子とはそういう騒ぎはまだ覚えがなくて。

 “せいぜい 怒らせたかもと怖がられたり、
  キスマーク付けたことで飛び出されたりってとこだっけか?”

何処の高校生の話だと思うようなドタバタばかりで、
まだそんな…独占欲がこじれるような段階じゃあないらしいというのが、
歯がゆいけれど素直に嬉しい。
勝手に一人で何やらにやついていては不快だろうに、
膨れもしないでキョトンとしたままでいる虎の子くんへ、

 「そうだ、飯食いに行こうや。
  そりゃあ旨いビーフシチューを出す店がある。」

こんなところをふらついてたんだ、鏡花も出掛けてて留守なんだろう?
ほらほら、こっちだ付いてきなと、
ジャケットの二の腕あたりを掴まえて、強引にはならぬよう、それでもぐいぐい引いてゆく。
慎ましい坊やが聖誕祭なんて大したイベントじゃあないって思えるくらい、
楽しく甘く過ごそうやと、手を引いてくれる兄様なのへ、

 「……はいっvv」

間近に本人がいればこその、ふんわり甘くて花蜜みたいな香りを感じつつ、
よ〜し甘えちゃうぞと、こちらもそれへ乗っちゃう所存の、
上手にツーカー出来るようになった敦くんだったりするのである。




     〜 Fine 〜    19.12.13.


 *ウチの芥川くんはさすがにそろそろ太宰さんの18歳時分の身長は追い抜いたので、
  頂いたのは大事にしまっておりますが。(と、過去のお話で書いてたような…。)

  それはともかく
  クリスマスも間近ですね。
  討ち入りとか大掃除とかしか浮かばない年寄り脳を何とかしたくて書き始めたのですが、
  甘い話ってなんか照れちゃうなぁ…。////////